幕末、明治維新にわたり、全国にその名を轟かせた世紀の大親分、清水の次郎長の武勇伝は、数々の時代劇や映画などで語り継がれています。
義理人情の代名詞である次郎長、その人生は波乱にみちたものでした。
彼の人生の前半生を「義理の人」と言えば、後半生は「人情の人」と言われ、人を愛し、人に尽くした後半生。それがあるからこそ、今現在も多くの人々愛され続けているのです。
喧嘩にあけくれた前半生でしたが、警察署長に任命されたことにより次郎長の後半生は一転。地元清水の振興に尽力を捧げました。清水港の改修工事、富士山麓開墾や静岡茶を横浜に運ぶ蒸気船会社の設立等々。
次郎長の生家は、次郎長にちなんで名付けられた「次郎長通り」と呼ばれている商店街の中にあります。家の中には次郎長の写真や使用した道具類、資料などが展示されています。当時の居間もそのままの状態で保存されています。夏の盆踊りシーズンには「次郎長踊り」のメロディーがあちらこちらから聞こえてきます。今でも地元清水の人々に愛され続けている次郎長です。 |