清見寺(せいけんじ)の歴史は極めて古く、約1300年前の天武天皇朝の頃、朝廷の支配の及ばない東北地方の蝦夷(えみし)の侵入に備えて、この地に清見関(きよみがせき)と呼ばれる関所が設けられ、その傍らに関所の鎮護(ちんご)として仏堂が建立されたことが、清見寺の始めと伝えられています。室町幕府を開いた足利尊氏は、深く清見寺を崇敬し、日本を代表する寺として「全国十刹(じっせつ)」に定め保護しました。江戸時代には、徳川家康が、今川家の人質として駿府に滞在した幼少時代に当時の清見寺住職より教育を受けたと言われています。現在でも、お寺の至るところに、徳川家の三葉葵の紋をみることができます。このように清見寺は、数々の足跡を日本の歴史に刻みながら現在にいたっています。
清見寺は、歴史だけではなく、他にも様々な見所があります。お寺の奥には、家康の指図により作られた、国の名勝に指定されている美しい庭園があります。また、本堂の左手には、江戸時代中期に仏教の興隆を祈って彫刻された釈迦如来の御弟子の石像、五百羅漢石像が並んでいます。
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